メンヘラや恋愛至上主義をどうすればやめられるかという話と恋愛で悩む人に対する話
⚠恋愛至上主義者というのは交際経験が無いことに過剰に劣等感を感じたり、恋愛経験のない人を見下したりする方のことを想定しています
世の中には誰かに抱かれないと愛を感じられないという人や、異性から「好き♡」とか「愛してる♡」とか「お金欲しいな♡」とか言われないと自分は愛されていないと感じる人がいる、その人たちに言いたい。
恋愛感情だけが愛ではないぞ!
というのも愛というのは色々な形で存在すると思うから!友人が悩んでいるときに悩みを聞いてくれるのも愛だし、先生や親が叱るのも見方を変えれば愛だろう(もちろん暴力やむやみに怒鳴るのは違うが)
そう考えると世の中は愛に溢れているのかもしれない、いつも一言かけてくれるコンビニの店員さん、満員電車で少し体を避けてくれるあの人、使いやすいPC,スマホがあるのもエンジニアの愛……そうなると少し新興宗教じみてくるのでやめておこう
とにかく!恋愛じゃなくても認められる場はいくらでもあるし、愛される場はいくらでもあるという話
メンヘラでも恋愛至上主義でも恋愛に囚われる人はそういった身の周りの愛に気づいていないのではと僕は思う。そして承認欲求が満たされず恋愛に走り、一人の異性に固執して愛想をつかされる、または浮気をする、恋愛に依存するタイプのメンヘラが発生する原因の一つにはそれがあると思う、彼女ら(彼ら)は人の話を聞いたり感情を考えることが苦手、または負の感情にのみ敏感なところがある。その考えをする人は恋愛にすべてを求めようとして失敗するのではないか。
だから恋愛が唯一の愛と思っている人は周りの人の行動に感謝をしたり優しさをもって接すると寂しさとかが埋まって、恋愛に異常に固執することはなくなるかもね、しらんけど!
どうか恋人がいないだけで寂しいとか自分には価値がないなんて思わないでほしい、君の周りには恋愛という形じゃなくても友人や家族や先輩後輩が君のことを想い、いろんな形で行動してくれているはずだから。そのうちの異性一人からの愛が無いだけで落ち込むことはないと思う、思いたい。
ちなみにキリストの愛の定義は「見返りを求めず相手を深く限りなく慈しむこと」としている、あなたは恋人を愛するとき「見返りを求めず相手を深く限りなく慈し」んでいますか?
以上